2026(令和8)年3月16日(月)、鹿児島大学郡元キャンパス総合教育研究棟102講義室において、法文学部法経社会学科地域社会コースの城戸秀之教授による最終講義が行われました。
同コースの桑原司教授および小栗有子教授が世話人を務め、38年間にわたり本学で教鞭を執られた城戸教授の退職を記念して開かれました。
当日は、多くの学部生、大学院生、留学生、教員が教室を訪れました。
「私」が地域を選ぶということ
テーマは「現代社会論から考える地域社会」です。前半では、流動化する現代社会において、個人と社会の「中間領域」がいかに変容してきたかが論じられました。その重要な鍵となるのが、「再帰性(reflexivity)」という概念です。
城戸教授は、あらかじめ与えられた正解や強固な社会構造が解体された現代社会において、私たちは自らの行為の意味を常にモニタリングし、自ら問い直しながら意味づけを行わなければならないと指摘されました。
かつての伝統的社会では「どこに生まれ、どの集団に所属しているか(帰属)」が個人のアイデンティティを決定していました。
しかし現代ではそれが逆転し、個人の思考や目的(アイデンティティ)に基づき、関わる地域やコミュニティ(ペグ・コミュニティなど)を一時的かつ主体的に選び取る時代へと移行しています。
社会学の視点からこの構造変化を捉え直すことは、他者との確かな関係を自らデザインしていくための重要な指針となります。
「地域の情報化」から「情報の地域化」へ
後半では、教授が長年調査を続けてこられた大分県の草の根パソコン通信「コアラ」やケーブルテレビの実証的な事例が紹介されました。現在、国策としてトップダウン型で進められるDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、普遍性や効率性を重視するあまり、地域社会を単なる標準化された「リソース(資源)」として扱ってしまう懸念があります。
これに対し、城戸教授は、外部のシステムをそのまま地域に当てはめる「地域の情報化(社会のデジタル化)」ではなく、地域の文脈や市民の必要性に合わせて技術を自分たちの手で運用していく「情報の地域化(デジタルの地域化)」の重要性を指摘しました。名もなき市民たちが自らの課題解決のために通信技術を血肉化してきた大分のプロセスは、デジタル化の波において地域社会が本来持つべき「自律性」を取り戻すためのヒントに満ちています。
「新しいローカル」
城戸教授が本講義を通して最も伝えたかったメッセージは、「もはや『地域社会』は、ただそこに存在して私たちを自動的に包み込んでくれる所与のものではない」ということです。中間領域が溶けゆく現代において、地域社会は、自立した個人が自らの意思で選び、再帰的に関わり続けることでしか維持・創造し得ません。教授から託されたこの「新しいローカル」の可能性を探求する視座は、私たちが、それぞれの舞台で次世代のコミュニティを構築していく際の揺るぎない土台となるはずです。
講義の最後には、城戸ゼミの4年生や大学院生、そして経済コース教員であり法文学部副学部長の山本一哉教授から、これまでの感謝の意を込めた花束と色紙が贈呈されました。
この色紙は、ゼミの卒業生であり現在大学院に在籍する志垣慶花さんが、総勢40名もの先生方や学生たちからメッセージを集め、1ヶ月以上の期間をかけて心を込めて準備したものです。
後日、この最終講義を振り返って、志垣さんから次のような感謝の言葉が寄せられました。
「⼤学に⼊学した当初は、社会学がどのような学問か⼗分に掴めていませんでした。しかし、ゼミを通じて、社会学の概念は、現実を理解するための道具として使ってこそ意味を持つのだということを教えていただきました。そして、社会の構造を読み解く視座がいかに私たちが社会を⽣き抜く⼒になるかを深く学びました。先⽣から託された『新しいローカル』という希望あるテーマを、これからの⾃⾝の研究や実践のなかでさらに探究し続けていきます。38年間、本当にお疲れ様でした」。